メッセージ風聖書のたとえ話「迷える子羊」の意味とは?

こんにちは、あやめです。

何かで迷った時、「迷える子羊」という言葉を使ったことありませんか?

 

しかし、なぜ「迷える子羊」なのでしょうか?

実は、聖書のたとえ話が元になっているんです。

注意:聖書では羊となっていますが、メッセージの際迷いやすいもののたとえとして、子羊が好んで使われています。

イエスのたとえ話:迷った羊と羊飼い

 

 

 

 

むかしむかし、ある所に羊飼いがいました。

その人には百匹の羊がいて、みんなを家族同然にかわいがっていました。

羊飼いは、羊に草を食べさせるために、野原に羊を連れて行きました。

 

 

 

 

羊飼い
ほら、みんなごはんの時間だ。いっぱい草を食べなさい。遠くに行っちゃダメだよ。

 

その中に、まだ幼い子羊がいました。

その子は見るもの全てが面白くて、野原を飛び跳ねています。

子羊
わあ、この花いいにおい~。
子羊
あ、あっち草おいしそう!
子羊
ここの草もおいしそうだな~。

あらら、子羊はだんだん群れからはなれて一人でどこかにいってしまいました。

羊飼いは子羊に気がつくことができませんでした。

羊飼い
さて、みんなお腹いっぱいになったかな?もう帰ろうか。

羊を野原から小屋へと移動させながら数を数えていると、どうしても九十九匹しかいないのです。

羊飼い
あれ?

なんども羊を数え直しましたが、どうしても1匹足りません。

羊飼い
おかしいな、だれがいないんだ・・・。
羊飼い
そうか!こないだ生まれたあの子がいないんだ!
羊飼い
こりゃ大変だぞ。この辺はオオカミも盗賊もでる・・・。急いで探し出さないと!

羊飼いは、野原の羊を全て残したまま、大急ぎで子羊を探しに行きました。

羊飼い
おーい、どこにいるんだーーー!

 

そのころ

子羊は、草木も生えていないような石だらけの土地に迷い込んでいました。

子羊
おなか減ったよ…。だれか~。
子羊
なんかオオカミの鳴き声が聞こえるよ~。うわ~ん…。お家に帰りたいよ~。

 

ズル

 

子羊
ぎゃあ!

 

子羊は、足をすべらせて谷に落ちてしまいました。

子羊
イタいよ~!
子羊
だれか~!

 

子羊

たーすーけーてーーーー!

 

 

 

子羊はただひたすらメーメー鳴き続けました。

そして、この声が探しに出ていた羊飼いに届いたのです。

 

 

羊飼い
あーーーー!
羊飼い
やっと見つけた!こんなところにいたのか。今引き上げてあげるからね。
羊飼い
おや、ケガをしているじゃないか。かわいそうに。

 

 

羊飼いは、子羊を肩にかついで羊達の待つ野原へと戻り、友だちや近所の人たちと一緒に子羊が戻ってきたことを喜んだのでした。

 

こんな風に、ひとりの罪人が悔い改めたら、その必要がない九十九人の正しい人以上の喜びが天にあるのです。

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迷える子羊のたとえ話、2つのテーマ

 

迷える子羊のたとえ話には、2つのテーマが隠されています。

 

1,神さまは私たちを迷った子羊のように探していてくださる

 

人は、子羊のように迷いやすい存在です。なにか楽しそうなことがあったらふらふらっとそちらに迷い込み、

気がついたら、オオカミや盗賊が出てくるような不安な場所に迷い込んでしまうのです。

そんな私たちを神さまは見捨てることなく、探していてくださるのです。

 

2,無事に帰ってきた時の喜びは、99人のクリスチャンよりも大きい

羊飼いには、すでに九十九匹の羊がいました。

一匹のことはあきらめて、九十九匹を大事にしても良かったのです。

しかし、羊飼いはそうしませんでした。

羊飼いにとって、迷った子羊は家族のように大事だったからです。

それと同じように、私たちは神さまに家族同然に愛されています。

今までのことを悔い改めて、神さまのところに戻ってくるなら、

その喜びは、すでに神さまのところにいる99人のクリスチャンよりも大きく、天が喜びに歌うのです。

 

ルカによる福音書15章3節~7節

ルカによる福音書15章3節~7節

3そこでイエスは、彼らにこんなたとえ話を話された。

4「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。

5見つけたら、大喜びでその羊をかついで

6帰ってきて、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。

7あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年