クリスチャン生活

【戦争とキリスト教】徴兵拒否して非国民になったひいおじいさんの話

こんにちは、クリスチャン4世のあやめです。

本日は初代クリスチャンである私のひいおじいさんの話をします。

私のひいおじいさんは、第2次世界対戦中に信仰の自由を理由に徴兵拒否。

その結果、非国民として村八分にあいましたが信仰を捨てることはありませんでした。

教会も閉鎖されるなか、淡々と信仰を守った姿は今も語り継がれています。

 

ひいおじいさんがキリスト教に出会ったきっかけ

私ひいおじいさんは、茨城県で畳屋をしていました。

片田舎にある日、宣教師がやってきます。

日本でキリスト教が解禁されたので

大正・昭和初期の茨城の片田舎にも宣教師が来ていたのですね。

ひいおじいちゃんは、宣教師の教えに納得し

クリスチャンとなったのでした。

大日本帝国憲法下の信教の自由は一部制限あり

大日本帝国憲法では、いちおう信教の自由は保証されていました。

しかし,ある一文があったため一部制限がかかっていました。

日本臣民は、安寧秩序を妨げず、かつ、臣民としての義務に背かない限りにおいて、信教の自由を有する。

ウィキペディア2019/8/15

要するに、

クリスチャンであっても戦勝祈願のために神社に行け!

と世の中に強要されたら従いなさいという意味です。

 

当時の教会は、この条文を支持して神社参拝を行っていました。

信仰の自由を理由に参拝を拒否した「美濃ミッション事件」や

治安維持法の嫌疑で牧師が検挙された「ホーリネス弾圧事件」がおきた際には

抗議の声をあげるどころか

「キリスト者にとって迷惑千万」

「むしろ処罰してくれて助かる」

という批判が出ていた状態なのです。

どんなに天皇を支持したところで敵国の宗教。

努力も虚しく教団は解体の憂き目に会いました。

そして、第2次世界対戦中は教会を閉鎖することになったのです。

「オレはクリスチャンだから戦争行かね」と徴兵拒否

 

第2次大戦という戦争の足音は茨城にもやってきていました。

赤紙が届き、戦争に行く若者もいたことでしょう。

 

しかし、聖書には殺人を否定する文面があります

あなたは、殺してはならない(出エジプト記:6:13)

昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。(マタイ:5:21)

戦争に行けば、人を殺すことになる。

だからといって徴兵を拒否すれば、非国民と言われる。

キリスト教の弾圧自体も強くなっているし

家族も危ない。

どうすればいい。

ひいおじいさんは、必死に祈り

「俺は、クリスチャンだから戦争にはいかない」

と表明したのでした。

 

隣組という相互監視制度のある時代に

自分の意見を主張して徴兵を拒否できる人間は多くありません。

私の夫は出兵したのに

息子を嫌々バンザイして送り出したのに

あなただけずるい

と恨みも買ったことでしょう。

世間から非国民扱いされる

自分も家族もいじめられる

全部見越して、ひいおじいさんは徴兵を拒否したのでした。

 

村八分にあって郵便局員と農家をはじめた

徴兵を拒否した。それは当時の日本人にとって非国民そのものです。

ひいおじいさんの家族に町の人達は辛く当たりました。

 

兵役に出ないやつに配給は必要ない。

ひいおじいさんの家族にだけ配給が止められてしまったのです。

家族を抱えたひいおじいさんは

郵便局員と農家を始めたのでした。

そして、徴兵の証である赤紙を配り歩いたそうです。

 

農家一年目は豊作で神の力を感じる

知り合いの人から土地を買い、稲を育て始めました。

しかし、教えてくれる人はおらず、全ては手探り。

神さまは、そんなひいおじいさんのことをきちんと見ていてくれました。

その年は豊作で家族を養うことができたのです。

ひいおじいさんその時のことを

「神さまが守ってくれていると感じた」と伝えていました。

ひいおじいさんの信仰は戦争で磨かれた

ひいおじいちゃんがなぜ村八分になる覚悟ができたのか。

それは神さまへの完璧な信頼があったためだとおもっています。

 

聖書では戦争に行ってはいけない。とかいてある。

ならば、その教えを守り抜く。

神さまが守ってくれる。

 

たとえ、世の中が俺のことを見捨てても

イエス・キリストは共にいてくれる。

だから、大丈夫。

 

信仰がひいおじいさんを強くしたのです。

ながく続いた戦争のなか家族やクリスチャンの仲間と励まし合いながら、終戦まで耐え抜きました。

 

ひいおじいさんが信仰を石にかじりついてでも守ってくれたおかげで

子どもたちに信仰が伝わり、私にまで届いています。

 

信仰の自由は守られないといけない

私のひいおじいさんは、現代であればなんの問題もなくクリスチャン生活を送っていたでしょう。

戦争という特殊な環境のなか、信仰を守り抜いてこどもたちに信仰を伝えたひいおじいさんは心から尊敬できる人です。

でも、こんなことがあっていいのでしょうか。

 

ちょっと人と違うことをしているだけで迫害されることはいけないことです。

第2次世界対戦後、信仰の自由は保証され、どんな宗教を信仰しても良いことになりました。

また、政教分離原則により政府は特定の宗教をえこひいきしてはいけないことになりました。

しかし、いつこの自由が脅かされるかも分かりません。

現に、自民党案では憲法第20条の信教の自由において

3国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的礼儀または習俗的行為の範囲を超えないものについてはこの限りではない。

日本国憲法改正草案2019/8/15

という一文が記載されています。

憲法が改正されてしまえば、また信仰の自由がなくなるかもしれません。

このまま戦前にしないように祈っていきませんか?

ABOUT ME
あやめ
クリスチャン4代目でレズビアン。 百合ジャンルをこよなく愛しています。