クリスマスに起きた過労死事件…この世の中でクリスチャンができるたったひとつのこと

こんにちは、あやめです。

 

悲しいニュースが飛び込んできました。

クリスマスに彼女は命を絶ちました。

私たちがのほほんとイエス・キリストの誕生を祝っているときに、ひとりの命が社会によって奪われたのです。

私はこの事実に、ショックを隠せません。

身も心もボロボロになるまで働かされた彼女

 

こんなに苦しんでいる人がいたのに、気がつくことができませんでした。

こんな時、クリスチャンはなにができるでしょう。

わたしは、たった一つできることがあると信じています。

 

クリスチャンにできること:クリスチャンカミングアウト

 

この世の中でクリスチャンができるたったひとつのこと。

それは自分がクリスチャンであるとカミングアウトすることです。

わたしの場合、クリスチャン・カミングアウトしたのは仕事をやめてからですが、

そのおかげで、クリスチャンとゆかりのある方と出会ったり、キリスト教について教えてほしいと言われることが増えました。

クリスチャンは自分たちが救われた恵みに満足するだけで終わるのではなく

むしろ、神さまの愛を伝えるべきではないでしょうか。

 

クリスチャンはこの世と調子を合わせたら見えなくなる

 

ローマ人への手紙12章2節

2この世と調子を合わせてはいけません。

いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、

なにが良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、

心の一新によって自分を変えなさい。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年

クリスチャンは、イエス・キリストを救い主と信じた人たちのことであります。

信じた証に体に何かを刻むなんてことはありませんから、見た目はただの人です。

考えてもみてください。パット見で見分けのクリスチャンがこの世と調子を合わせて存在を消してしまったらどうなるか。

クリスチャンではない人たちが、神さまの深い愛を知る機会がなくなってしまうのです。

 

 

神様の愛を伝えられたら、彼女は生きていたかもしれない

イザヤ書43章4節

4わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年

もしも、彼女が元気なうちに出会えていたら

そのときにわたしがクリスチャンとして神様の愛を伝えられたらならば

彼女は死ななかったかもしれない。

それはすでに「もしも」の話しになってしまいました。

 

でも、私たちの近くに彼女のようになっている方がいるかもしれません。

いまなら、まだ間に合うんです。

きちんと光り輝こう、クリスチャン

 

それでは!