キリストの愛はハサミである。罪からあなたを自由にします。

こんにちは、ガチレズクリスチャンのあやめです。

 

突然ですが、サーカスの象というたとえはご存じでしょうか。

やりたいことがわからない。

どうせ自分なんかにできるわけがない。

 

ワクワクする事に出会っても、ブレーキをかけてしまう。

 

でも、本当は自由になりたい。

だれかに背中を押してほしい。

 

そんな時、キリスト教ではこんな風に鎖を取ってあげます。

 

 

サーカスの団長から象を買い取る

 

象がサーカスにいる限り、ずっと鎖を切ることはできません。

それに、心も体も傷だらけです。

一刻もはやく、安全な場所に移してあげないといけません。

さっそく言い値で、サーカス団長から象を買い取ります。

 

象の足についた貧相な鎖をバッサリとハサミで切り取って、象と一緒に出ていきました。

 

新しく連れて行くのは、広々とした屋根付きのお部屋。

鎖はもちろんありません。自由に歩くことが出来ます。

 

ごはんもワラもたっぷり用意されています。

からだの傷には薬がつけられ、包帯が巻かれました。

担当飼育員は、イエス様です。

 

象のトラウマを丁寧に切り離していく

 

まだ来たばかりで、興奮している象。

昔いたサーカスでの暮らしが染み付いていて、その時の癖が抜けないでいます。

向かってくる足音…ムチを持った団長かもしれない。

もう朝が来た!またきついことをやらされる。

 

ときどき、興奮して暴れまわることも。

そんな困ったちゃんでも、イエス様はニコニコ笑います。

 

「ほら、なにもないでしょう。怖くないよ。安心しておやすみ。」

「叩かないよ。大丈夫。」

「怖いことを思い出したのかい。大丈夫。そんな人はここにはいないよ。」

「もっとたくさん食べなさい。ごはんはいっぱいあるからね。」

 

子どものときに愛されなかった分、沢山の愛情をかけてあげます。

本当に少しずつ、少しずつ。

象と心を通わせていきます。

 

怖い時には一緒に歩く

飼育員イエス様とすっかり打ち解けた象。

でも、外に出るのはちょっと怖い。

人の声がして、どうしてもサーカスのことを思い出してしまう。

 

そんな時も飼育員イエス様はそばにいます。

優しく鼻に触れながら、それでも少しずつドアに向かって歩いていきます。

 

「さあ、行くよ!」

その声で一気に駆け出していきます。

久しぶりの外は、眩しくて気持ちのよい風が吹いています。

 

あっちにキョロキョロこっちにキョロキョロ

なんだか楽しくなって、走ってみちゃう。

地面の感触が気持ちいい。

もっと楽しくなって、ジャンプしてみちゃう。

自由気ままな象の姿にイエス様はそれを見てニコニコ。

そして、ひとことこうつぶやきました。

「今日、この象は生まれ変わった!」