独身クリスチャンの子育て論。教会でわたしは兄になれるのだ。

こんにちは、ガチレズクリスチャンのあやめです。

子どもの出生数が百万人を切ったことがニュースになりました。

いろんな理由で結婚・出産しない人が増えているのですね。

わたしも、一昔前ならレズビアンであることを隠しながら結婚していたかもしれません。

でも、今は結婚しなくても子育てはできると思っています。

 

 

出産は義務じゃない。無理に産まなくたっていい。

子どもの出生率に関して、堀江貴文さんがこんなツイートをしていました。

 

もしも、わたしが満たされないまま異性と結婚していたら。

世間の目があるから、とりあえずひとりは産んでいたと思います。

しかし、子どもを産むということは、その命に責任を持つことになります。

 

自分が幸福でいられないのに、他人を幸福にできるはずがありません。

はじめはなんとかしようとしても、

途中で限界になり投げ出してしまうとおもいます。

 

見かねて、教会員が育児を手伝ってくれるかもしれませんが

〇〇の妻で〇〇の母という立場が嫌だ。

ということは共感してもらえないでしょう。

 

その結果、生まれてきた子どもに悪影響を与え、

どこか満たされない人になってしまうかもしれません。

子どもが産めたとしても
幸せになれないなら、無理に産まなくたっていいんです。

 

教会では、子育てのお手伝いができる

出産は子育ての始まりですが、全てではありません。

子育てには人手が必要です。

 

教会にいると、子育のお手伝いをする機会がめちゃくちゃあります。

子供と関わっているときのわたしは、

どっちかというと兄みたいなポジションです。

 

やんちゃな男の子がいれば、満足するまで突撃ごっこをするし

女の子がなにか見たそうにしてたら抱き上げる。

たまに、探検ごっこしたい!と言われて近所の田んぼ道を散歩することもあります。

いたずらが過ぎれば、しっかりと怒ることも。

 

その間、子どもの親は他の人達とお話したり、教会活動に専念できるんですね。

 

教会にいる間は、大家族にいるかのようです。

 

子育ては教会に集まるみんなでできること。

今の私は、出生率を上げるという観点では全く役に立っていません。

しかし、グラフの数字よりも大切な子どもが楽しく暮らせるお手伝いをしています。

 

 

教会のもつ子育て力を信じてる。

それでは!