【朝活】私が朝活を始めたのは日の出が好きだから

こんにちは、あやめです。

 

今回は朝活のモチベーションについて。

朝はやく起きたらなにをしたいですか?

わたしは「神の作ったひかりを見たい。」というモチベで起きています。

 

ひかりがやみを照らす瞬間は神さまを思いおこす大事な時間

 

朝の四時に起きると、まだ外は真っ暗です。

朝にやりたいことをして時間を潰していると、だんだん空が明るく染まっていき

太陽が顔を出すと、隅々までひかりが届く。

それを見るたびに、聖書の一節が頭によぎるんです。

 

ヨハネによる福音書1章4~5節

4この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。

5光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年

 

ここ出てくるひかりというのは、イエス・キリストのこと。

裏切りやだましなどがはびこるやみの世界の中でイエスが来ると

一気に明るくなり、やみは勝つことができなかった。

 

その時の明るさは、例えるならこの朝日みたいなものなのだろうか。

日が昇るたびにそんなことを考えます。

 

聖句を思い出すということは

クリスチャンのわたしにとって、神さまとのお話ししている大事な時間。

そして、神様のことに思いを馳せる時間なのです。

 

神さまの恵みは規格外

世界中で一番明るいものそれは太陽です。

ひかりが当たらないと、どこまでも真っ暗で自分の足元すら見えません。

しかし、ひとたび太陽が昇ればどんなものも明るく照らします。

 

一瞬で全てを照らす光の明るさは尋常ではありません。

神さまの作ったひかりは、どんな人にも届くようにできている

合理的で規格外の恵みのひかりなのです。

 

人が作る明かりは等価交換

足元を明るくしたい?明かりつければいいじゃん!

という方もいるでしょう。

しかし、人が作り出す明かりはなにかを失わなけれは手に入れられません。

 

薪・石油といった燃やすものだったり

電気料金というお金だったり

 

やみを明るく照らすことは何かと交換で使えるようになっているのです。

 

人が作り出す明かりは全員を照らすことはできない

 

人の作る明かりは交換で手に入ります。

そして、照らすことのできる範囲も非常に狭いです。

電気を使いたいと思うなら電線を引かなければいけないし

 

電球をつけられる場所も限界があります。

無事に引けたとしても明かりを使うことができるのはそこの家族といったコミュニティのみ。

コミュニティに入ってないけど明かりが必要な人は

 

なにかを燃やすか、無料で使える明かりを探さないといけません。

家のドアを開けて「だれでも好きなようにうちの明かりをつかってくれ!」

なんて気前の良い話はないでしょう。

 

私たちの使っているあかりは、太陽の代替品でしかないのです。

 

どんな人にも降り注ぐひかり、毎日大事に使いたい。

そんな思いで頑張って早起きするあやめなのでありました。

それでは!