障害者殺人事件で私は聖句どころか祈りひとつ思い出せなかった

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「愛の反対は憎しみではなく無関心です」

マザーテレサの格言にはこんな言葉があります。
わたしはそれを地で行っていました。

非常に痛ましい事件が起こったにもかかわらず、聖句どころか祈りひとつ思い出せずにいたのです。

今ここに、被害にあった全ての方とそのご家族に哀悼の意を表します。

 

聖書のことばが思い出せないとき

聖書をネタにするくらいなのに、なぜ聖句が思い出せなかったのか。

それは、障がい者や殺人といったものが他人事になっていたためです。

 

障がい者との交流はないのかと思う方もいるかもしれませんが

私にも障がい者の友人はいます。そのうちひとりは、クリスチャンです。

しかし、事件が起こったときに

私の脳裏にその子たちの顔は思い浮かびませんでした。

 

また、世の中にはヒサンな事件が起きていてたびたびニュースになります。

それらに慣れすぎて、私の心は「関係ないや」と鈍感になっていたのです。

 

どんなに聖書を読んでいても、身近に感じていなければリンク切れのようなものが起こり

聖句どころか祈りを思い浮かべられないのです。

 

祈りを思い出させてくれたことば

あんなに痛ましい事件が起こったのに、祈りを思い出せない。

そんな私でも祈りを思い出すツイートがありました。

私はこれにより、祈ることを思い出し、この聖句を思い出すことができました。

 

ヨハネによる福音書3章16節

16神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じるものが、ひとりとして滅びることなく、永遠の命を持つためである。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年

 

無関心な人も愛を思い出す。これが奇跡。

洗礼を受けて8年ですが、祈りを思い出せないくらい薄い信仰のままです。

しかし、神さまはそんな私でも愛してくださっています。

無関心なものが祈りを、そして愛を思い出すという奇跡を起こしてくださいました。

まだまだできることは少ないですが、祈ることから始めていきたいと思います。

それでは。