聖書ネタ:地の塩ってなに?

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こんにちは、ガチレズクリスチャンのあやめです。

イエスが解き明かしをするときに、たびたび使われるたとえ

それは塩です。

あなたがたは地の塩である(マルコによる福音書5章13節)ということばは、

信仰者たちたいして

このようであれ!と宣言したことばとして有名です。

今回はイエスが語った「塩」について解説します。

塩の取れる場所

死海の塩は沿岸の水を蒸発させ、また南西岸の絶壁の岩塩を切り出して得られるが、品質は不良。カナンおよびその近隣地方では、調味や防腐用として用いた(ヨブ6,6)

聖書辞典 1961年 いのちのことば社

日本で塩の取れる場所といえば海ですが、聖書世界で塩の取れる場所はどこでしょうか。

それは、死海です。

旧約聖書時代は、塩の海と言われていました。

グーグルで死海を検索すると、

現在のエルサレムやベツレヘムが死海の近くにあることがわかります。

旧約聖書では、死海周辺の地域のことを塩の〇〇と表現しています。

  • 塩の谷:ダビデがエドム軍と戦い、勝利した戦場
  • 塩の町:ユダの荒れ野の町の一つ

味付けの塩

マルコによる福音書9章50節

50塩は、ききめのあるものです。しかし、もし塩に塩けがなくなったら何によって塩けを取り戻せましょう。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年

塩の一番の役目といえば、味をつけることです。

どんなにすばらしい食材を料理したとしても、塩加減で台無しになってしまうでしょう。

また、死海の塩特有の問題もありました。

風化したり、湿気を吸ったりした塩は、味を失うのです。

味のない塩は、捨てられるしかありません。

世の中に良い味をつける塩のようになれという意味があるのです。

清めとしての塩

塩は、香の製造指令にあるように(出30,35)、浄化の機能を果たしているようである。エリシャが塩を投げ入れて悪い水を良い水に変えたのは、その一例である。(Ⅱ王2,19~22)

聖書思想辞典 新版 1999年 X,レオンデュフール 三省堂

日本でお清めの際に塩を用いるように、

聖書世界でも、塩は清めの道具として使われました。

エリシャという旧約聖書の登場人物は、

流産が多い土地の川に塩を投げ入れ、良い水にかえています。

なんと、生まれたばかりの子どもに塩をすり込む文化もあるようです。

悪いものを清める塩のようになりなさいという意味があるのです。

契約の塩

レビ記2章13節

13あなたの穀物のささげ物にはすべて、塩で味をつけなければならない。あなたの穀物のささげ物にあなたの神の契約の塩を欠かしてはならない。あなたのささげ物には、いつでも塩を添えてささげなければならない。

いのちのことば社 聖書 新改訳 1970年

レビ記とは、エジプトから脱出したイスラエル人のリーダー、モーセに対し

神が与えたとされる祭儀の諸規定集です。

祭儀の手順・方法の中に、塩が登場します。

塩は、野菜や肉を長持ちさせるために使われることから

神との契約は永遠に変わらない!という不変の象徴(契約の塩)となっています。

塩は神との契約の意味があるのです。

 

クリスチャンの塩けは簡単に抜けない

クリスチャンでありながら、世の中に負けて塩気を失った人も大勢いることでしょう。

わたしも、世間にまけて教会から離れ聖書を開けなかった時期もありました。

まさに、味を失った塩だったのです。

しかし、イエスは「あなたがたは地の塩です!」と宣言しています。

クリスチャンの塩は簡単に風化するような塩気ではないのです。

神との契約の象徴に使われるような、永遠の塩なのです。

一度、くじけたくらいで失うような塩けではありません。

なにか世の中に味をつけられる働きができるはずなのです。

もう一度、聖書を開きましょう!

それでは!