頼る場所を小分けにするという感覚

 

こんにちは、あやめです。

このまえ何気ないツイートをしたところ、みなさんの心に響いたらしく、リツイートといいねがじわじわと伸びています。

こうして、必要な立ちふるまいや感情によって場所を変えるのは

「頼る先を小分けにする」に近いです。

「頼る先をあっちこっちに作るなんてなんて浮気なやつだ!」と思う方いるかもしれません。

一見すると浮気のように見えますが、頼る側にも頼られる側にもメリットがあるのです。

 

場所にはそれぞれ得意分野がある

わたしは、必要に応じて、かなりいろんな場所をウロチョロしています。

「こんなに場所を行き来しているなんて、落ち着きのないやつだ!」

と思う方いるかもしれません。

しかし、子猫が欲しいと思ったときに、

食材や日用品の並ぶスーパーマーケットに足を運ぶでしょうか。

ペットショップや保健所など猫がいる場所に足を運ぶはずです。

求めるものがあるときに必要なお店にいくように、

自分が求めている立ちふるまいや感情によって、必要な場所があるのです。

どうしても、ここにほしいもの全てがあって欲しいというならば

もう、自分だけのパラダイスを作るしかないです。

 

一つのことに集中させ過ぎない

お店と同じように、人にはそれぞれ得意分野があります。

しかし、万能ではありません。

どうしても、得意分野のこと以外では、無理が生じてしまうのです。

 

例えば、わたしはレズビアンのクリスチャンですが、LGBTs関係の相談は教会員にはしていません。

なぜなら、教会員の方々に負担になるのがわかっているからです。

 

相談したい牧師や信徒に同性愛についての知識がない場合、

女の子との恋愛について悩んでいますと相談したらどうなるでしょうか。

まず、同性愛について一から説明しなければなりません。

 

加えて、聖書の中には同性愛を否定する文脈で読まれてきた聖句があります。

それに則って同性愛は罪であると断罪された場合、

もともと相談したかった恋愛については解決することがなく

同性愛は罪であるというさらなる悩みを負うことになります。

 

こんなすれ違いは、相談する側もされる側も起きてほしくないことですよね。

自分の欲しいものをひとつのところに求めてしまうと

負担が大きすぎるのです。

 

たくさんの頼り先基地を持とう

振る舞いや感情に合わせて場所を選ぶことは、悪いことではありません。

むしろ、一つの場所に負担をかけないことにより

そこに集う人たちと心地よい温度差でつきあうことができます。

たくさんの頼り先を作りましょう!