【キリスト教】教派ごとに聖餐式の方法が違うのはお雑煮みたいだ

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こんにちは、ガチレズクリスチャンのあやめです。

ガチ百合クリスチャンです。

クリスチャンにとって大事な儀式のひとつ、聖餐式

キリストが十字架にかかる前、弟子たちと最後の食事をしたときに、自分の記念とするようにと命じた儀式なのですが。

そのときにパンをキリストの体として、ワインをキリストの血潮として思い出しなさいと言われたので

カトリックでは聖体拝領ともいうそうです。

しかし、キリスト教会に伝わる聖餐式は、教派によってずいぶんと異なります。

どうして教派によって儀式の方法が変わるのかとギモンに思っていましたが、

お正月に食べるお雑煮と共通点を見つけて以来

それぞれの聖餐式の守り方に敬意を持つようになりました。

 

お雑煮の起源

宴の一番肴

雑煮の歴史は古く、室町時代頃にはすでに食されていたようです。当時、武士の宴会では必ず一番初めに酒の肴〔さかな〕として雑煮が振舞われていました。すなわち雑煮は宴の一番最初に食べる縁起のよい料理で、雑煮を食べなければ宴がはじまりませんでした。この習わしをもとに、一年の始まりである元日に雑煮を食べるようになったと言われています。当時餅の原料である米は高価なものであったため、一般庶民のお雑煮には餅の代わりに里芋が入っていたようです。江戸時代に入ると、一般庶民でも簡単に餅が手に入るようになり、北海道や沖縄を除いて全国的にお雑煮で正月を祝うようになりました。味噌味としょうゆ味、丸餅と角餅などの東西のお雑煮の違いは、江戸時代からすでにあったと考えられています。

 

聖餐式のあれこれ

キリストのパンって言われてるけど…?

キリストの体であるパンひとつとっても、教派によって使用される食べ物が変わります。

私の教派では、食パンを一口サイズにしたものを使用しますが、

ホスチアという薄いウエハースを使用するところもあります。

パンを食べるたびに、私を思い出せとイエスが言っているのだから、パンでいいじゃんと

私なんかは思いますが、

聖書を深く読んでいる人にとって、パン種(イースト菌)の入ったパンは聖餐式に適さないと考えるようです。

ぶどう酒を飲むかつけるか

さてもう一つ、キリストの血潮として使用されるぶどう酒。

本当にワインを使う教派もあれば、ぶどうジュースを使うところもあります。

私の教派では、一口分のコップにぶどうジュースをあらかじめ分けて入れておき

一人ひとりに配るという形ですが、

盃に入れたぶどう酒にパンを浸して、口に入れるという形をとる教派もあります。

また、古代の方法ではぶどう酒を入れた盃を回し飲みしていたようです。

パンとぶどう酒を受けるだけなのに

ただそれだけなのに、宗派によってこれだけの違いがある。

この違いって、お雑煮をどのように作るかという考え方に通じるんじゃないかと思うのです。

一般的には東日本では切り餅、西日本では丸餅が使われています。

また香川県では餅の中にあんこを入れたり

徳島県では餅の代わりに里芋を使ったりなど

歴史や土地柄によってさまざまです。

他の地域から来た人からみたらカルチャーショックがあると思いますが、

その地域のお雑煮とはこれという理想図があって、

代々守ってきたことを考えると、どれも正解だと思うのです。

 

食事を守ることに意味がある

新年の豊作や家内安全の願いを込めて

お雑煮には餅がつきものです。餅は昔から日本人にとってお祝い事や特別の日に食べる「ハレ」の食べ物でした。そのため新年を迎えるにあたり、餅をついて他の産物とともに歳神様にお供えをしました。そして元日にそのお供えをお下がりとして頂くのがお雑煮です。お雑煮を食べる際には旧年の収穫や無事に感謝し、新年の豊作や家内安全を祈ります。正月三が日の祝い膳(※)には欠くことのできない料理です。

元を正せば、クリスチャンにとっては守る必要のない食事なのかもしれません。

しかし、私の家庭にもお雑煮は確実に伝わっています。

お雑煮は日本人にとって、正月に食べる食事であるように

聖餐式は、クリスチャンが脈々と守ってきた特別な食事の儀式なのです。

どうしてもパンとぶどう酒を手に入れられないケニアでは

コーラとマリービスケットを使ったこともあるそうです。

どうしても同じものを手に入れられない。

それでも、イエスを思って聖餐式を受ける。

それに意味があるのです。