クリスチャンの私が神社仏閣にも足を運ぶ理由

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こんにちは、あやめです。

クリスチャンですが、神社仏閣もよく足を運びます。

それって偶像崇拝じゃないのか?という方もいると思います。

今回は、クリスチャンであるわたしが神社仏閣に足を運ぶ理由を紹介します。

 

1,ながいあいだ土地の人々を守ってきた歴史がある

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キリスト教が日本にやってくるまえ

人々の心の支えになっていたのは神社仏閣でした。

わたしが以前訪れた香取神宮は

かなり古い時代から、その地を守ってきた神さまなのです。

想像を絶する時間のなか人々を支えてきたこと

そのコト自体に敬意をもっています。

 

2,茶道と仏教は深いつながりがある

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茶道の千利休は、仏教と深いつながりのある方でした。

大徳寺で千利休は、禅宗を学んでいるため茶道具のなかには、

仏教から由来する道具もあります。

また、お寺には茶室が作られていることが多く

そこで茶会が開かれることもあります。

茶道に関わっていると、自然と仏教にも関わるようになるのです。

はじめは少し抵抗がありましたが、茶道の研修会に出てからというもの

仏教とキリスト教は似ているかもしれないと考え始めました。

 

3,宗教は深いところでつながっている

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キリスト教のリアル出版記念感謝礼拝において

仏教に勝つにはどうしたらよいのかという質問がありました。

晴佐久神父の受け答えが印象的だったので紹介します。

目に見えないリアルでは、仏教とキリスト教はすごく近いところがある。

来年の1月か2月にお寺で講話をすることになりました。

以前にも愛知県のお寺で講話をしたことがあったのですが、そのテープが出回っていて

これと同じ話をしてくれ!というお話なんですね。

前回も後ろに阿弥陀如来が立っているんですよ。その前でですね

私にこの話をさせているのはこの阿弥陀様です!っていったんです。

こういうものを私は天の働きとか聖霊の働きと呼んでいます。と

それくらい普遍的なものでなければ人に人に伝わるわけがない。

仏教にもしょうもない仏教があったりキリスト教にもしょうもないキリスト教がある。

良い実を結ぶのが良い木で悪い実を結ぶのが悪い木だ。

キリスト教のリアル出版記念感謝特別礼拝より

わたしのように、クリスチャンであると所属を決めてしまうと

そのことに囚われて、他の宗教のよい所を見ようともしなくなります。

クリスチャンの場合はモーセの十戒が行動の基準となり、仏像を嫌うことがあります。

もしかして、キリスト教を仏教には共通点があるかもしれない。

そう思えたのは、つい最近のことです。

晴佐久神父のメッセージをきいて、本当に共通点があるのだと確信が持てます。

仏教の本質はキリスト教と非常に近いのです。

 

救いという目で宗教を見るなら

仏教・神道・キリスト教

全く違う3つの宗教ですが、日本では共存しています。

他宗教だからという表面的な理由で避けるのではなく、

救いという本質のなかで共通点を見つけていく

そのような人でいたいです。