買ってもらえたってモチベーションの上がることなんだ

こんにちは、あやめです。

公開中のnoteを2名様に購入いただきました!

ありがとうございます!

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その勢いで新作を書き上げています。

5000字以上は書けそうです。

1月からやるやる詐欺になっていましたが、投入できそうです。

 

 

百合クラスタとしていくつか作品を世に送り出してきましたが

実際にお金を支払って買ってもらえたということがたまらなく嬉しいです。

しかし、ここで自分に疑問がわきました。

どうしてこんなに創作意欲が湧くのだろうか。と。

 

 

作品を世に出すのをひとに任せると感動が半分になる

今までの作品は紙袋WORKSでゲーム化・DC化・同人誌化されています。

寄稿という形をとっていたので、出版費を出すなどの経費はかかりませんでした。金銭面では助けてもらいました。

しかし、いざブースに立って売り子になると、妙な感覚に襲われました。

自分の作品が売れたというのに、喜びが湧かないのです。

あれは本当に不思議でした。もっと嬉しさを感じると思っていたのですから。

 

今回、自分のnoteを買ってもらえたことで、その謎がとけました。

作品を世に出すときは、最後まで関わること。

中途半端なところでほかの人にバトンタッチすると、

感動も半分になり、自分の作品に誇りが持てません。

それだけではなく、

わたしは小説だけ書けばいいんだ!

というオマエ何様という気持ちすら抱いてしまいます。

というより、一度なりました。反省です。

 

 

知ってもらえた!という確かなあかし

わたしには百合小説を書くというスキルがあります。

しかし、書いてサイトに公表しているだけでは百合クラスタに届けることはできません。

WEBだったらツイッターやfacebookなどで存在をアピールし

紙の本にするなら印刷して、製本して、売り場に立つ必要があります。

わたしは、自分の作品なんかが出ていいのかと恥ずかしがって、自分から発信していませんでした。

どんな小さな作品だって、あなたがひねり出した立派な作品です。

しかし、

自慢の子だ!と

みてくれ!と

親ばかのようにアピールしていいんだと

むしろそうしなければ、人の目につかない弱い存在なのです。

お金を払ってもらえたということは、

自分を知ってもらえたという喜びに通じているのです。

 

 

世に出して知ってもらうまでが百合クリエイターの喜び

今のわたしはクリエイターです。

わたしの作品は自信を持って公表します。

お金を払ってもらえたからには、

もっと楽しい百合を皆さんに届けていくつもりです。

百合クラスタ、そして、百合クリエイターのあやめ。

世界を百合に染め上げるため、がんばります。